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身長147cmで客室乗務員に内定した菊地未夏とは?

【絶対に後悔してほしくない】

あなたのエアライン受験や就職活動・転職活動という大事な時間に共に過ごす講師は、とても重要な役割と存在を担っていると過去の経験からそのように考えています。

その上で、常識的にも147cmでは客室乗務員の内定がもらえないと思われる中で、私は奇跡的にも客室乗務員として働くことができました

しかも、大手エアラインスクールで学んだことをちゃんと体現した新卒受験時には1社も受からなかったのに、その対策方法を180度変えたらご縁を掴むことができた

だからこそ、私は世の中のエアライン受験の対策に対して疑問を持っています。

  • 完璧に話さなければいけない
  • 噛まずに話さなければいけない
  • 即答しなければいけない
  • 「え〜」や「あの〜」を言っちゃいけない
  • 1問1分以内で答えなければいけない

上記の対策は本当に面接官が評価している部分なのでしょうか?

 

私はその真逆の対策を伝えてきたことで、今まで多くの客室乗務員やグランドスタッフの内定を掴む生徒さんを見てきました

あなたがご縁をつかめていない理由は何でしょうか?

 

あなたも昔の私のように、間違った対策をし続けていて今もご縁がないのなら、早く対策を変えるべきだと私は思います。

147cmで客室乗務員になることは不可能と思われた中で、内定を掴んだ「菊地未夏」はどんな人なのかを、あなたには知って欲しいと思っています。

 

それが本当の意味での【たった3ヶ月で客室乗務員内定】に繋がると考えています。

基本情報

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【名前】菊地未夏
【生まれ】愛知県
【現住所】東京都
【職歴】
  1社目:中国東方航空|グランドスタッフ
  2社目:JALスカイ|グランドスタッフ
  3社目:スカイマーク|客室乗務員
【第一印象】 明るい / 活発 / 楽しそう
【第二印象】 真面目そう / 頑張り屋さん / 情熱的
【性格】 人を勇気づけるのが好き / 相手の意図を汲むのが得意 /
     前向きな思考を持っている / 挑戦することが大好き /
            フットワークが軽い /損得勘定よりも想いや考え背景を大事にする /
     人の努力に涙もろい / 直感も大切にする

私は新卒で1社も内定がもらえなかった

 

客室乗務員、グランドスタッフ、パイロット、総合職、外資系航空会社…

私が受験した航空会社は50社以上。

その当時、大手エアラインスクールの中でも一番内定者を輩出している先生のもとで、私は絶対に内定を掴むんだと、必死に食らいついていました。

先生の言うことをすぐに理解し、そしてすぐに体現する。

先生から見たらとっても物分かりの良い生徒だったと思います。

それなのに1社も内定がもらえなかった

 

今では過去の“就活大失敗”は笑って話せます。

でも当時の私は必死すぎて笑えなかった。

私はエアライン業界を目指したのが遅かった方です。

よく「小学校の頃から憧れて」とか、「家の周りに客室乗務員さんが住んでいて」と言うような環境ではなく、身内の職種はどちらかと言えば医療系でした。

そして3人姉弟で大学まで通っていたのは私のみ。

両親も就職活動の経験がなかったぶん、私の就活にはアドバイスしづらかったと思います。

そんな私は大学3年生まで、将来の目標や夢がありませんでした。


『自分の遣り甲斐は何か?』を探す為、学生時代には20種類以上のアルバイトを掛け持ち。


そんな生活の中で、大学3年生の時に家族旅行で空港を利用した際の、「あなたもなれるんじゃない?」という母親の言葉をきっかけにエアライン業界を熱望するようになりました。

 

なぜならあの頃の私は、エアライン業界をなぜか世襲制の仕事だと思っていて(笑)

それがまさか仕事だなんて思いもせず、眼中になかったからこそ衝撃的なその一言に俄然やる気に!

普通の私立大学に通うだけでもお金がかかるのに、さらに私は親にお金を出してもらって大手のエアラインスクールとのダブルスクールをしながら就職活動をしました。

絶対に叶えたいからこそエアライン業界一本で取り組み続け、一般企業は数社しかを受験せず(しかも本気ではなく練習という失礼な形での受験でした)。

 

自分には「存在価値がない」と思った

国内外問わず航空業界の全職種を受験するも、私は見事に惨敗しました

毎回届く不採用通知から「あなたはウチではいりません」「あなたは必要ないです」そう言われているようで、私は次第に「自分は世の中から”不要”だと言われている」と思うようになりました。

「努力すれば絶対に形になると思っていたのに。だから信じて取り組んでいたのに。」

努力すれば大抵のことは叶っていた学生時代があったからこそ、絶対に努力すれば叶うんだって思っていました。

だからこそアルバイトもやめて、友達とも遊ぶのをやめて、全ての誘惑を遮断してずっと努力し続けたのに1社も内定がもらえない。

私はどの会社からも「いらない」と言われ、働く先もなく大学を卒業しました

「死にたい」と思ったどん底の状態から這い上がる

今でも恥ずかしく思うのは、大学の仲間たちの中では誰よりも早くリクルートスーツに身を包み、就活頑張ってますアピールをしていた私。

真っ赤なリップにオールバックの髪。
できる女風な装いで、私は大学の授業を受けてました。

友達「みか、その髪型は?!」

私「エアラインスクールが授業後にあるからね。」

そんな返答に優越感さえ感じていました。

でも、エアラインスクールの中でも、大学の友人の中でも、結局私だけが内定を貰えずに大学を卒業することになりました。

あの時、久々に卒業式で顔を合わせた仲間たちには笑顔を向けつつも、この先の未来に私の居場所だけがないことに虚しさを感じていました。

 

大学卒業後の就職先を何度考えても航空業界以外の進路が分からず、私は1ヶ月ほど完全に鬱と引きこもりになりました

何よりも両親に対して申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

姉と弟はそこまでお金がかかることなく早くから就職しているにも関わらず、私は私立大学とエアラインスクールという二重の学費を支払った挙句に就職先がない。

毎日毎日私は死ぬことを考えていました。

新卒就活で何社からも「必要ない」「不要だよ」と言われているような感覚は、「あなたは生きる価値がない」と言われているようで、いっそのこと死にたいと思うようになりました。

「私一人がいなくなっても世の中変わらないんだろうな。」と。

 

ただ、それでも生きたい願望があったようで、両親が家を出た隙に2階から駆け降りて冷蔵庫にある食材を1週間分かき集め、また自分の部屋に閉じこもる日々。

アルバイトなどをすることもなく家に居続けること、存在していること自体も辛い日々でした。

そんな毎日を繰り返す中で、ある日「このままじゃダメだ」と急に思い立てられたのは奇跡だったと思います。

「もうこれ以上の迷惑を親にかけるのはやめよう」と思い立った私は、「空港の中で働けばエアラインに対するモチベーションが保たれるかも」と言う考えから、派遣登録をして空港ラウンジの仕事を通して接遇を学ぶと共に、空港の旅行団体カウンターのアルバイトを掛け持ちし、一人暮らしを始めました。

 

絶対にあの中に私も立つ

毎日2つのアルバイトをこなしながらも、私が大事にしていたのは「どの環境でも成果をだすこと」でした。

与えられた環境で成果を出せない人が、この業界で成果を出せるはずがない。

その信念のもとに、ラウンジの仕事は”誰よりも動く”ことを大切にしました。

先輩が何もすることがなくなるくらい、全ての仕事を先に終わらせようと率先して動き、また誰よりもお客様のことやラウンジのことを考え、通常誰も手を突っ込まないドリンクマシーンの裏の埃まで綺麗に取り除き、塵1つもない空間を作ると自分で目標を作り、楽しくなる工夫をして働き続けました。

また旅行団体カウンターでは、一番に話しかけやすく、そして分かりやすい説明ができるスタッフを目指して”自分の魅せ方”を追求し続けました。

加えて、当時TOEICの点数が600点に満たなかった私は、ギリギリの生活の中でも英会話教室に通うために食費を削る、睡眠を削る毎日を過ごしていました。

休みの日は近くのモスバーガーで朝から夜までずっとTOEICの勉強をする。

当時、遊んだ記憶は1ミリもないくらい夢のために励みました。

 

それと同時に本当の意味で「面接官に何をみせるべきなのか?」が次第にわかるようになりました。

 

ずっと待っていた念願の内定

 そんな日々を過ごす中で、ラウンジの会社の上司が「正社員になりませんか?」と声をかけてくれました。

これは異例のこと。

この時、私はやっと自分の働きが、自分の存在が、社会に認められたんだと実感し、この日のことは今でも鮮明に覚えています。

そしてそんな嬉しい声を頂戴した同じタイミングで、選考を受けていた中国東方航空(地上職)から念願の「内定」をいただくことができました。

今まで落ち続けいていたからこそ「不採用」という言葉しか見たことがない私にとって、「内定」という二文字を目にしたときに「まさか私が!?」と正直思いました。

でも、「与えられた環境で輝くことは次なるご縁に繋がるんだ」とも実感した私は、そこからさらなるキャリアアップを目指してJALスカイに転職。

そこでの受託航空会社15社の経験はとても充実した時間であり、大きな学びを得ることができました。

 

​そして、”147cmでは不可能”だと思われている世の常識を破るべく、客室乗務員の既卒受験に臨むこと3年。


ご縁あって、スカイマークの客室乗務員として羽田空港に転職することができました。

同じ想いを抱える人を一人でも減らしたい

このようなエアライン受験歴を歩んできた私だからこそ、努力が伴わずに苦しんでいる人を本気で一人でも減らしたいなと思っています。

このプロフィールを最後まで見て下さったあなたも、もしかしたら過去の私と同じ道を辿っているその一人なのでしょうか。

そうだとしたら、今からするべきことは【あなたにとって必要な”正しい対策”ではないですか?

このサイトを通して、『努力がちゃんと内定に繋がる』そんな道標をあなたに届けていきたいと思っています。

ちなみに、「本当に3ヶ月で内定を掴めるの?」と疑っている人は多いはず。

だってどんなに努力しても「3ヶ月で本当に内定するなんて無理」だと痛感しているから。

 

でも、本当に私と出会って3ヶ月で内定した生徒さんたちがいるんです。

それを証明したくて、【あなたが3ヶ月後に内定をつかめる理由】この記事に書きました。

是非とも、あなたの目で確認していただければと思います。

 

そしてこれからの未来に、このサイトを介してあなたの”客室乗務員・グランドスタッフへの夢”が叶うことをサポートできれば幸いです。

最後までお読みくださりありがとうございました。

 

サクセスキャリアエアライン
菊地未夏